2020年、一般企業や、医療系の社会人大学院などで「令和時代の予防歯科」というテーマで口腔領域の講話をさせていただきました。主にこのような内容をお話しました。l年を重ねても歯をなくさない歯科のかかりかた、う蝕と歯周病についてl歯科検診とクリーニングとメンテナンスの違いについてl少子高齢化、人口減少が不可避な日本において歯科医療費や医療費の抑制に貢献できるかもしれないという仮説についてl削って詰めるシゴトではなくKEEP28を目指すシゴトであること

対象者は大学生、大学院生、サラリーマンなど多様ですので相手に伝わりやすいような工夫をしてお話しました。このような反響がありました。l  定期的にメンテナンスに行ってはいるものの、その時点に虫歯がないことを確認するという意識しか持っておらず、今後何十年先のことを考えられてはいなかったことから、「予防」に対する意識が足りていなかったことを自覚しました。l  20歳の時点でKEEP28の理念、意義を知れたことは非常に大きく、今日から実践しようと思いました。歯科医院に行くのは問題部分を治すためであり、治療を受ければ完全に治るものであると考えていました。

 

lもし、何も知らずに、ただ歯磨きだけをしていたら、80歳になったとき、歯がなくなってしまったと思います。l歯科にかかりながら口腔の健康を損ねている人が多いということに気づかされました。また、自分自身だけでなく周囲の人々にも伝えるべきことだと感じ、話を受けた日に家族に伝えました。

 

予防が広がるための解決策について問いかけたところ受講された方からはこのようなご意見をいただきました。

lこのような歯科が増えて、将来スタンダードになれば歯医者さん=痛い時行く場所ではなく、自分の状況を知ってくれているかかりつけ医になることでしょう。l  将来の治療にかかる費用を前もって予防治療費用に充てるという考え方には大変納得いたしました。l  健康経営を推進する企業において、今後、従業員に対する補助等の動きが進んでくるのではないでしょうか。l  近年のトレンドとして美容歯科(セルフホワイトニングやマウスピース矯正)が登場したことは、人の人生における歯の重要性が増したことを示していて、これは今後、KEEP28がスムーズに人々の間に浸透していく可能性をも示していると考えました。lKEEP28のような新しい価値観が生まれているにもかかわらず、なかなか浸透していない現状にあるのは、歯科や医療の提供の場に限らず、市場における需要と供給の関係が根本にあるからだという印象を受けました。人々の問題意識が変わらないことには大きな変化を起こすことは難しく、実現に向けた課題解決には問題意識の共有から始める必要があるのではないかと推測しました。

社会に広めるというのは様々な視点や方法が必要なのだと逆に学ばせていただきました。このような生活者の意見は非常に貴重です。特筆すべきはこの意見は必ずしも消費者目線だけではないということです。厚労省のとりまとめた保健医療2035提言書には保健医療制度は、あまねく均質のサービスが量的に全国各地のあらゆる人々に行き渡ることを目指す時代から、必要な保健医療は確保しつつ質と効率の向上を目指す時代への転換をすべきなのではないか、すなわち量の拡大から質の改善へのシフトという意見がありました。いま社会は大量生産大量消費の時代から質への転換期にあるように思います。消費者目線であれば歯科に対してFAST /EASY /CHEAP /PAINLESSという表面的な価値を追求するでしょう。誰しもSLOW/HARD/EXPENSIVE/PAINFULは嫌ですから。しかしながら生活者目線にたつと本質的な価値を考えるようになると思います。すなわちSLOW/SAFE/EFFECTIVEです(もちろんPAINLESS)。皆さんにご紹介した SlowDentistry®というのはまさに医療行為のプロセスに対する基本原則が柱になっています。すなわち、メディカルトリートメントモデルという世界的にみれば極めて標準的な診療プロセスとの親和性も非常に高いと思います。

COVID-19と言う稀に見る感染症の広がりにより 一般生活者は 感染予防策に非常に注意を払うようになりました。質への転換が患者あるいは生活者にとってさほど困惑せず受け入れられるような世相です。

 

しかしながら歯科業界と一般生活者との間には依然としてギャップがあります

その間に存在するステークホルダーは全ての生活者、地域の患者さん、企業にお勤めの方、企業の健保組合、自治体、国保組合や協会けんぽ、歯科医療関係者、多くの良質で良識のある歯科医師、保険会社などであり、これらのステークホルダーに理解してもらうには改めて丁寧な説明や数字の力が必要です。(大学、官僚、政治家もそうだが民間から)医療の質を高めるとどのようなアウトカムが得られるのでしょうか。歯の喪失や治療介入、歯周組織の状態といったアウトカムをどんどん発信していくことによって歯科業界と一般生活者が繋がっていくと思います。その架け橋となるのがソーシャルデンティストリーです。

 

医療の質が示されたプラクティスを以って社会が抱えている問題や課題(医療費の問題、経済の停滞、TPPによる混合診療の解禁、貧困率の増加、少子高齢化)に貢献できるならば歯科医療の価値が社会に認められるでしょう。歯科医師自体がこのようなポテンシャルにきづいておらず自分たちの仕事の価値を制限するのはもったいない話です。これらの問題や課題に対して歯科医療が貢献できるシナリオを描きたいものです。歯科医療というものの表面的な技術ではなく本質的な価値が社会にアダプテーションすることを切に願います。